運営者プロフィール

「不動産会社の起業と経営ゼミ」
運営者トヨシマです。
簡単に僕の経歴をお話します。

2008年 銀行に入行し5年間勤務。
2013年 賃貸物件専門リノベーションのFC本部に転職し1年9カ月勤務。
2014年 原状回復工事会社を創業
2015年 1期目に年商5千万。
2016年 2期目に年商1億円。
2017年 3期目に年商1億5千万を超え
     1棟RCを購入し大家デビュー。
2017年 未経験で不動産の買取再販や
     売買仲介、管理業も開始
2020年 6期目に年商2億5千万円。
2021年 保有現預金約2億円
     +税引き後CF1,000万円。
2022年 8期目にリフォーム事業部を
     事業譲渡、1人社長の完全大家
     業にシフトチェンジ。
2023年 10期目に物件も高くヒマなので
     地場大手不動産会社にジョイン
     し売買仲介を行う。
     2年間で戸建、マンション、
     土地、事業用地、木造AP、
     1棟RCなど、
     2017年からこれまで
     仲介取引数100件以上
     総取引額50億円超の
     売買仲介を経験。
2025年 11期目現在。
     自身が代表を務める法人で
     引き続き不動産の売買を進め
     る傍ら、銀行からの出向者や
     売買担当社員への実務指導、
     士業との提携促進、
     企業や地主への資産運用
     コンサルティングを行って
     いる。

上記の通り、ゼロから事業を立ち上げて、派手さはありませんが着々と成果を出してきました。

もちろん上には上がいますし、決してドヤれるような華々しい実績ではありません。

X(旧Twitter)などを見ると、まるで化け物のような人ばかりで、自分の実績など恥ずかしく感じるほどです💦

しかし、今では保有現預金は1億円を超え、黙っていても手元現金が年間1,000万円単位で増えるなど、いわゆる、「人生上がり」の状態は確保できたと考えています。

潤沢な保有預金と収益不動産、堅実な財務基盤とキャッシュフローで、創業から一度も赤字を出すことなく黒字経営を継続しています。

スキル面も含めて、今後どんな状況になったとしても、生活に困ることはないでしょう。

今では世の中との繋がりを保つため、緩く地場大手不動産会社の売買仲介の手伝いをしながら過ごしています。(僕は一人社長独身中年で孤独死予備軍( ;∀;))

ここまで読んでいただき、もしかしたら

「それはサットンだからできたんだろう。」
「俺にはできる気がしない…」

と思う人もいるかもしれません。

ですが、僕の実際の起業家人生は、今から約20年前に起業を志した、20歳の学生時代から始まっているのです。

せっかくのご縁ですし、ちょっと私の幼少期から銀行員だった頃の話にお付き合いください。

僕は1984年、サラリーマンの父親とパート勤務の母親の次男として生まれ、ごく普通の家庭で育ちました。

小さい頃から要領が悪く、成績も全く良くありませんでした。(多分IQは低いです(笑)。だけど努力できる才能はあるように思います。)

人がすぐにできることでも僕は時間がかからないとできないし、応用力が全くない。

一つ上のしっかり者の兄と比べられることも多く、自己肯定感は低かったように思います。

そんな小学生時代を過ごしたので、

「自分は要領が悪いから、
 何をするにもコツコツと
 地道に努力するしかなく、
 人よりも多く時間をかけるしかない。」

ということは理解していました。

だから中学時代はコツコツと勉強を続け、なんとか地元の進学校に入学することができたのです。

しかし、当時の僕は高校に入学することが人生のゴールとなっており「高校に入ったら勉強はもうしない!遊ぶ!」と決めていました。

そして中学時代の不良仲間とつるみ、学校は遅刻や早退を繰り返すのです。

進学校だったため、周囲の人間は皆ガリ勉に見え、斜に構えて調子に乗る僕。

すぐに先輩から呼び出されてボコボコにされました(笑)。

だけど殴られながらも「おぉ、ガリ勉ばかりじゃなくこんな人たちもいるんだ!」となぜか嬉しくなり、先輩たちとも仲良くなり、学校にも馴染めるようになっていきました。

もちろん引き続き遊び散らかしていたので成績は最底辺でしたが。

それでも高校3年生になると、大学に行ってみたいと考え始めました。しかし担任から「お前が受かる大学はない。」と言われる始末。

大学進学を諦めていると、見かねた担任の先生から

「センター試験は捨てて、
 数学、英語、物理の3科目に絞れ。
 そして行きたい大学の過去問だけ解け。」

と、ありがたいアドバイスをいただきます。

素直に忠実に実行することで、本当にギリギリでしたがなんとか福岡大学に入学できました。多分10回受けたら8回は落ちていたと思います。

あれこれやらずに戦略を練ってやることを絞るって大事ですね。

まあ、直前に解いた過去問との類似問題がたくさん出るなどの運にも助けられたんですけどね。

しかし、苦労して大学に入学した反動か、入学後は毎日ナンパ三昧。昼夜逆転の生活リズムで、自分が普通に就職するイメージが湧かなくなります。

それでも漠然と将来は起業したい!
意識だけは高い系大学生です(笑)。

私立理系の大学でしたので、奨学金400万円を借りての学生生活。一体何をやっているのでしょうか…。

就職活動が始まっても自分は何がしたいのか、どんな業界に行けば起業ができるのか全く思い浮かばず、ピーターパン症候群を発動して、就職せずに大学院へ逃避進学。

一応、大学院のゼミは「起業家を育成する」というコンセプトでしたので、ビジネスについて深く考える時間にはなりました。

しかし、この間にブログ、アフィリエイト、物販など、色々やってみたもののどれも続かず、結果が出ずに苦しみます。

今思えば少しでも早く社会人になり、社会の荒波にもまれた方がよっぽどビジネススキルがついたような気がします(笑)。

無駄に大学院用の奨学金を200万円上乗せした感は否めません。(20歳で600万円の借金wオワタ\(^o^)/)

そしてそうこうしていると、また就職活動の時期が訪れるのです。

そんな僕でしたが、幸運なことがありました。僕には一つ上にしっかり者の兄がいます。

兄は優秀なので、大学卒業後は地元の大手地銀で働いていました。そして兄と会うたびに、銀行業務の話を聞かされていたのです。

繰り返し聞いていると、なんだか銀行が非常に魅力的なところに思えてきました。

銀行員は様々な会社の決算書を見ることができます。また、企業の社長から自社のビジネスモデルを直接教えてもらうこともできます。当然、お金の流れにも詳しくなります。

将来起業するビジネスモデルが決まっていなかった僕は「儲かっているビジネスがわかるし、めちゃくちゃ勉強になるやん!とりあえず銀行に行きたい!」と考えるに至ったのです。

優しい兄は自分が就職活動時に考えた、対銀行用のエントリーシートの内容や、志望動機、面接時に答えると銀行員が喜ぶワードなどのテンプレートのすべてを、かわいい弟にプレゼントしてくれました✨

また、当時は売り手市場だったこともあり、僕はニコニコ元気よくテンプレート通りの受け答えをしているだけで、スルッと銀行に入行できてしまったのです。(翌年からサブプライム、リーマンショックで大不況になり、買い手市場に…。危なかった。)

お兄ちゃんありがとう!(笑)

時流とタイミング、そして成功の型(テンプレート)の重要性に気付いた瞬間でもありました。

しかし、運良く銀行に入行できるも、風呂、トイレ、洗面すべて共用の築40年以上経つボロボロの寮に押し込まれ、安岡力也にそっくりな寮母がやっつけ仕事で作った冷えた晩御飯を胃に流し込む毎日。

寮の門限は23時。23時の門限を過ぎると、ヒステリックで干からびたエノキのような顔の寮監に説教されて、翌日支店長にチクられます。

24時を超えるとお風呂に入れず、洗面所に給湯はないため、夜に飲みに行って帰りが遅くなると、その日はお風呂に入れません。

洗面所には給湯がなく、冬の寒い朝でも冷たい水でしか顔を洗えません。

極めつけは僕の斜め前の部屋で先輩行員が自ら命を絶たれ、開かずの間になったことです。

当初思い描いていた銀行員生活からはほど遠い毎日。「俺って本当に東証一部上場企業に入社したのか?」と自問自答する日々を送っていました。

封建的で古臭い銀行の体質にも、かなり嫌気がさしていました。

それでも、銀行員として吸収できることは全部吸収してやる!という気持ちで丸5年間過ごし、同時にどんな分野で起業するかを常に考えていました。

しかし、事業プランなど全く思い浮かばず、FCや様々な事業を調べてみては知識コレクターになるだけで実行まではできていませんでした。

日々の仕事に忙殺されて、具体的な行動スケジュールに落とし込むことなく「いつかは起業するぞ…。」と言っているだけで、絵に描いたような「意識だけ高いが行動が伴っていないイタイ奴」の典型でしたね。ああ恥ずかしい💦

事業プランはグダグダではあったものの、日々の銀行業務は真面目にこなし、預金窓口と貸付窓口を経験後、渉外担当として住宅ローンやアパートローンの借り換え提案営業を行っていました。

日々融資業務を行う中で、多くの収益物件オーナーから金融円滑化法案による条件変更の相談や借入相談を受けました。

追加融資の謝絶、返済金の延滞、中には破産を選択せざるを得ない状況に陥った方などの実態も目の当たりにしました。

その多くは空室に起因する収益力の低下によりキャッシュフローが回っていないことが原因であったため、空室を満室にするためのノウハウなどを調査する中で、「空室対策を切り口にリノベーション工事を受注する企業」を発見します。

そして同時期の平成24年3月に、国土交通省発表の「中古住宅・リフォームトータルプラン」の中で、年間約6兆円のリフォーム市場規模を、政府主導で「2020年までに20兆円まで成長させる」という情報が発表になりました。(2025年現在、市場規模は約7兆円ですw伸びていないないかw)

空室で悩んでいる不動産オーナーに対して融資案件組成の知識と経験、そしてリノベーションを切り口とした空室対策のコンサルティングで、収益物件オーナー、入居者、銀行への貢献が可能であり、市場も拡大すると判断し、この分野で起業する!と決意します。

そして、2013年5月末日をもって銀行を退職し、賃貸物件のリノベーションフランチャイザーの営業マンへと転職し、ここで1年9ヶ月修行したのです。

ちなみに余談ですが、僕は裸一貫で起業するときよりも、銀行を辞めて、中小零細企業に転職するときの方が正直言って怖かったです(笑)

なぜなら、銀行から中小零細企業へは転職できても、中小零細企業から銀行へは転職できません。

「銀行を辞めてしまうと、俺はもう2度と銀行員に戻ることはできない…。」そう考えると、銀行員としての地位を捨てることへの恐怖がふつふつと湧いてくるのでした。

また、周りの人間も大反対してきますからなおさらですね(笑)

一方で、中小零細企業を辞めて起業することは怖くないと言えば嘘になりますが、銀行を辞める時の恐怖に比べれば全く大したことはありませんでした。

むしろ、「銀行辞めたんだからもう俺には起業するしか道は残されていないんだwwww」くらいのノリでした。

ということで、僕が実際に起業して
初めてお金を稼ぐまでにかかった時間は

なんと10年です。

10年間ものあいだ副業で1円も稼げず「自分は何がしたいのか、何ができるのか、何が儲かるのか」と悶々と悩み自問自答していました。

そして「このビジネスが儲かるらしい!」という話を聞いては飛びついてみて、お金を稼げず諦める。その繰り返しです。

それでも「何か事業がしたい!自分にも何かできるはずだ!」と、行先もゴールも分からないまま暗闇の中で手探りでもがき続け、ミスチルの歌詞にでも出てきそうな日々を10年間続けてきました。

そんな僕ですが、10年間も遠回りと苦労をして、やっと30歳の時に起業しました。

創業してからも、最初の2年間は睡眠時間はだいたい3時間くらいで、這いつくばり、泥水を飲むような毎日を、365日休むことなく続けました。(もうあんなハードワークな生活はできませんw死にますw)

恋愛や結婚は二の次。時間の優先順位の一位は仕事。「仕事」に全振りして生きてきました。

そう考えると「創業を志してから20年かけてたったこれだけの成果」という表現の方が、むしろ正しいのかもしれません。

正直、憧れられるようなかっこいい起業家人生ではありませんが、稼げない悶々とした日々を10年間も経験したからこそ

「自分なんかが起業なんてできるのか?」
「いつまでこんな状況を続ければいいんだ?」と
不安や焦りの中にいる、あなたの気持ちがとてもよく分かります。

もしあなたも悶々としたものを感じておられるならば、もう少しだけこの先をお読みください。

僕は2017年に、未経験ながら不動産業も立ち上げました。

手探りながら、膨大なお金と時間をかけて、時には失敗し様々な取り組みや投資をしてきました。

直近の2年間に至っては、大手不動産会社にジョインし売買仲介の実務を専門的に行っています。

これまでに戸建て、マンション、農地、宅地、事業用地、木造AP、1棟RCなど仲介取引数100件以上 取引総額50億円超の売買仲介を行い、

現在は若手営業マンや銀行からの出向者へ売買仲介、買取再販、金融機関への融資付け、事業計画書の作成などの指導を行っています。

起業してからの11年間、実際に会社経営をしていく中で、どうすればリスクを抑えながら経営を成功させるかの「再現性」が分かるようになりました。

僕が「不動産会社の起業と経営ゼミ」の中で語る内容をしっかり実践してもらえれば、どんなに不器用な人でも僕ぐらいの実績であれば当たり前のように達成できると断言できます!

実際に僕自身が本当に不器用ですから。

「不動産会社の起業と経営ゼミ」チャンネルには、僕が21年間もの間、「金融」「建築」「不動産」の業界内で、試行錯誤しながら編み出し培ってきた「経営のノウハウ」「再現性」のすべてを詰め込む予定です。

そしてあなたが迷うことなく、経営に集中して成果を出せる、そのような実践的な情報を発信していきます。

「稼げなかった当時の僕が」、「未経験で不動産業を立ち上げた当時の僕が」喉から手が出るほど欲しかった知見の数々を盛り込みます。

あなたは僕が遠回りした21年間をすっ飛ばして無駄な遠回りをせずに最短で成功していってください。

僕の頭の中、全部あげます。